世界で一番孤独な「夜のパソコン前」
午前0時。家族が寝静まった後で、デスクの灯りだけをつけて、パソコンのキーボードをカタカタ、カタカタ、叩いている。
ブログの下書き。SNSの投稿記事。副業の構成。
画面の光だけが顔を照らしている中で、ふと、こんな気持ちが込み上げてくる。
「オレ、何やってんだ…」
昼間は会社で部下に指示を出し、ベテランとして振る舞っている自分が、夜中にコソコソとパソコンに向かって、うまくいくかどうかも分からないことを続けている。
このモヤモヤ感は、言葉にしにくい。
僕にも、あの瞬間がある。
ブログを始めたこと、家族には小っ恥ずかしくて、到底言えない・・・。それでも、勇気を出して「ブログ 始めました」と「冷やし中華 始めました」感満載でSNSに投稿しても、世間の反応は、ほぼゼロ・・。えぇ、本当にゼロ・・・。この世にオレひとりしかいないんじゃねぇのか・・・。
ネット上では何事もなかったように、僕のポストが、サラサラと簡単に流れて消えていく・・・。
翌日古い知人に、けっこう勇気を振り絞って話したときも、
「へぇ、そうなの」といううっす~い反応・・・。スルーされたことを、何でもないような顔でやりすごすが、耳がみるみる赤くなって行くのを肌で感じる。
何なんだこの温度差は。心が一気に冷え込んだ。
なぜ、50代の挑戦はこんなにも孤独で、世知辛いのか。
今日は、その問いに真正面から向き合いたい。
最大の敵は、一番近くにいる「ドリームキラー」
「そんな怪しいの、騙されてるんじゃないの?」
「体に障るからやめなよ、どうせ続かないんだから」
「今の生活で十分じゃないの?」
これらの言葉を言う人たちは、あなたの敵ではない。むしろ、あなたのことを心配している。家族であれば、なおさらだ。
だが、善意で発せられた言葉であっても、結果としてあなたの歩みを止めることがある。
これを「ドリームキラー(夢を破壊する存在)」と呼ぶ。悪意のある敵より、はるかに厄介。
なぜなら、あなた自身も「この人は正しいかもしれない」と思ってしまうから。
考えてみてほしい。
社会や家族があなたに求めているのは、何か。
「安定したお父さん」「頼れるベテラン社員」「分別のある大人」。
未知のことに挑む、血気盛んな若者の顔ではなく、すでに完成された人間としての顔だ。
50代という年齢には、周囲が勝手に貼り付けた「安定の人」というレッテルがある。そのレッテルを自分で剥がそうとすると、摩擦が生まれる。その摩擦が、冷ややかな視線となってあなたに向かってくる。
そう、孤独の正体は、「誰ともいないこと」ではない。
「自分の変化を、誰にも期待されていないこと」だ。
「理解されようとする」のを、今日からやめる
では、どうすれば良いのか。
答えは簡単。周囲に理解を求めることを、やめる。
これは冷たい話ではない。極めて合理的な判断だ。
50代において、家族や長年の友人に「新しい自分」を理解してもらうには、莫大なエネルギーが要る。説明しても「でも…」と返ってくる。成果を見せても「たまたまでしょ」と言われる。その繰り返しに消耗するくらいなら、そのエネルギーを「挑戦」そのものに使った方が、何倍も生産的だ。あなたもそう思うでしょ。
それじゃ、ここで一つの戦略を提案してみる。
「秘密のプロジェクト」として扱う、という考え方だ。
誰にも言わない。誰の許可も取らない。誰かに認めてもらうのを待たない。
自分だけが知っている、♫ 誰もぉ~知らない~秘密のぉ~花園 ♫ 聖子ちゃんテイストで、淡々と続ける。
「報告しなければ、失敗しても恥ずかしくない」ではない。そうではなく、
「誰にも期待されていないということは、誰の目も気にせず失敗し放題だ」
という解放感を手に入れるということだ。
上手くいかなくて当然。迷って当然。遠回りして当然。
それが許される場所を、自分の内側に作ること。これが、孤独な挑戦を続けるための最初の一歩になる。
孤独を味方につける「静かなマインドセット」
とはいえ、完全な孤独は長くは続かない。人は本来、誰かとつながって前進するいきものでしょ。だって、人間だもの。
だが、ここで必要な「つながり」は、リアルな知人である必要はない。
ブログのコメント欄で交わした一言。SNSで「いいね」を押してくれた見知らぬ誰か。同じように深夜にキーボードを叩いている、名前も顔も知らない人。
そういった「緩い繋がり(ウィーク・タイ:弱い紐帯とも呼ばれ、深い関係よりも新しい価値をもたらすことがある)」&「浅い人間関係」が、実は孤独な挑戦の最大の支えになる。
気を使わなくていい。期待に応えなくていい。ただ、「同じ方向を向いている人がいる」という事実が、深夜のパソコンの前で折れかけた気持ちを、かろうじてつなぎ止めてくれる。
そしてもう一つ、強力な相棒がいる。
「過去の自分」だ。
昨日は書けなかった段落を、今日は書けた。先週は意味が分からなかった言葉を、今週は使えるようになった。
その事実を知っているのは、自分だけでいい。他の誰かに証明しなくていい。
1ミリの前進を、自分だけが静かに知っている。その積み重ねが、やがて誰にも揺るがせない「自信の地盤」になる。
そして、最後にこう考えてほしい。
50代の孤独は、「至福の贅沢」だ。
20代や30代は、孤独な挑戦が許されない。家族のため、会社のため、他者の期待に応えることで精一杯だ。
だが今、あなたには「自分のためだけに時間とエネルギーを使う」という選択肢がある。それは多くの若者が羨む、人生後半戦だけに与えられた特権だ。
「誰にも期待されていない」、ということはつまり、完全に自分のものであるということだ。
あなたは一人だけど、一人じゃない
深夜、画面の前で「オレ、何やってるんだろ…」と思ったとき、これを思い出してほしい。
今この瞬間、同じように孤独にキーボードを叩いている人間が、日本中に、世界中にいる。
格好悪くていい。理解されなくていい。誰かに褒めてもらわなくていい。
それでも手を動かし続けているその事実が、すでにあなたを「本気で生きている人間」にしている。
自分の人生を、自分の手で動かしている。その実感を、今夜も静かに噛み締める。
さぁ、明日もコツコツ「秘密の冒険」を together しようぜ!

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