1年間、何もしなかった。
正確に言うと、
副業、発信、何度も「やろう」と思った。 本も買った。動画も見た。教材も買った。
えぇ、かなりの金額を・・・。
でも残ったのは、スキルでも成果でもない。
「また動けなかった」この事実だけ。
忙しかったわけじゃない。
夜、ソファで何も生まない動画を流し見する時間は、いくらでもあった。 その時間に気づきながら、それでもスマホを置けなかった。
それが、1年続いた。
だんだん、言葉が変わっていった。
最初は「今日はまあいいか」。
気づいたら「どうせ俺には無理か」。
「オレ、口だけやん」 「オレ、今回も三日坊主」 「オレは、そういう人間」
一番きつかったのは、動けなかったことじゃない。 動けなかった自分を、毎日責め続けたことだ。
人は、行動できないとき、2回ダメージを受ける。
1発目は、動けなかった事実。 2発目は、「こんな自分はダメだ」という自分への攻撃。
この2発目が、次の行動を静かに、確実につぶす。
気合が足りないんじゃない。 根性がないんでもない。
もしそれが原因なら、これまでの人生、何一つ乗り越えてこれなかったはず。
家庭もある。仕事も続けてきた。責任も背負ってきた。 それでも動けない。
つまり問題は、やる気でも覚悟でもなかった。
今なら、はっきりわかる。
- 行動のハードルを、高く設定しすぎていた
- 完璧じゃないと、始められなかった
- 失敗=恥、という式が、頭に焼き付いていた
これが構造だ。 気合でどうにかなる話じゃない。
50代、けっして若くはない。 でも、あきらめ切れるほど老いてもいない。
失敗は怖い。 でも、何もせず終わる未来も、同じくらい怖い。
その怖さとの間で、動かないことを選んだ自分だけが、毎日目の前に残る。
このブログは、そんな自分のために書いている。
成功談は、ほぼ出てこない。 キラキラした未来も、保証できない。
あるのは、
行動できなかった記録。 つまずいた理由。 それでも、ほんの少し前に出た話。
それだけ。
もし今、あなたが
やる気はある。でも動けない。そして自分を責めている。
——それなら、このブログ、ちょっぴり刺さるかもしれない。
お願いが一つ。
この文章を読み終わったあと、 「よし、頑張ろう」と思わないでほしい。
今日からやることは、自分を責めるのをやめること。
行動は、それからでいい。
次の記事では、「なぜ行動できないのか」を、気合でも根性でもなく、構造で分解する。

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